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ニッポンを知る旅・九州 鹿児島編~蒲生手漉き和紙

工房で一心に、紙を漉く

「チャプン、チャプン、チャプン…」「サァーッ…」

木立に囲まれた山あいの工房にリズミカルな水音が響く。蒲生和紙(かもうわし)の手漉き職人、小倉正裕さんが一心に紙を漉いている。

鹿児島県姶良市蒲生(あいらし・かもう)。蒲生和紙の里として知られるこの地には、かつて薩摩藩が所有する和紙の原料を貯蔵する蔵が置かれていた。豊かな水や原料に恵まれていたことから薩摩藩が武士の副業として奨励し、最盛期には300戸ほどが紙漉きに従事していたというが、時代の流れと共に徐々に衰退。現在その技術を持つのは小倉さんだけである。

蒲生手漉き和紙とは

蒲生和紙の材料は“カジ”というクワ科の植物で、繊維が長く絡みやすいのが特徴。そのため、丈夫で破れにくく、経年劣化が少ない上質な和紙に仕上がる。なんと約1300年前にこの地で漉かれた和紙が正倉院(奈良市)に保存されているほどなのだ。

その上質で味わいのある紙は鹿児島の伝統的工芸品に指定されており、県内大手の製茶メーカーのギフト用包装紙、酒造メーカーの焼酎ラベル、書や水墨画などにも利用されている。

また、質実剛健な蒲生和紙は、菜種油や椿油を濾す紙や花火の紙、お茶揉みの熱板に張る紙に用いられるなど、実用面でも役立つ。

変わったところでは鹿児島神宮(霧島市)に伝わる信仰玩具、ポンパチ(初鼓)にも蒲生和紙が使われている。棒をくるくる回すと、糸の先につけられた大豆が「ポンパチ、ポンパチ」と音を響かせることから、この名がある。丈夫で破れにくい蒲生和紙ならではの用途だろう。

蒲生和紙ができるまで

「和紙づくりは一年がかりのサイクルで考えなくては」と小倉さんはいう。

原料のカジの木は霜が降り落葉した後に刈り取り、大釜で蒸して一本一本手作業で皮をはぎ、天日で乾燥させて一年間に使う分を貯蔵しておく。原木で4,000kgぶんの皮をはぐのに2か月を費やすのだとか。

注文が入ったらその都度、一晩水に浸した原料を煮て、不純物やきずを摘み、繊維を叩いて解きほぐし、少量の糊を加えて撹拌し、紙を漉いていく。最初は浅く汲み込んで前後、左右に交互に波を立てながら揺すり、厚みが一定になったところで前方に揺すって水を捨てる。

漉いた紙は重ねて一晩おき、万力で2時間圧縮して水分を絞ってから乾燥機へ。仕上げに馬の毛の刷毛で撫でてシワを取り除く。紙漉きから仕上げまで、丸2日間かかる。

大叔父さんの跡を継いで

「僕は鹿児島市内育ちですが、小学生の頃、夏休みや正月には蒲生で襖(ふすま)工場を営んでいた祖父をよく訪ねたものでした。祖父が襖の骨組みを作っていて、その兄で大叔父に当たる野村正二さんが襖紙を漉いていました。正二おじさんのところに度々遊びに行っていた僕は、子供ながらにぼんやりと『将来、手漉き和紙を作れるようになれたらいいなぁ』と思っていました」

そんな小倉さんが20代になる頃、80歳を超える高齢の野村さんが蒲生和紙の最後の職人となっていて、このままでは技術が途絶えてしまうという危機的状況に陥っていた。

跡を継ぎたいと伝えると「必ず苦労するから、やらせたくない」と野村さん。「それでも」という小倉さんの強い決意で、最終的に押し切った。

野村さんの元で2年間、指導を受け、お付き合いのあった取引先を受け継いで、蒲生和紙漉きを始めて約20年。小倉さんは、朝9時から夕方6時まで、漉いては干し、漉いては干し…、原料がなくなったらまたアクを抜いて煮て…。ほとんど365日、紙を漉いているとか。

「休みの日はないんですか?」と驚いていると、

「正月だけですね」と、小倉さんは何でもないことのように言ってのけた。

蒲生和紙の伝統を残していくために

小倉さんは、より用途にあった和紙を作るための努力も怠らない。

「取引先の油屋さんと、良質な油づくりのためにはどんなろ紙が最適なのか話し合ったり、工場を見せてもらったりして、技術者として常にベストを探し続けています」

小倉さんはさらに言葉を続けた。

「実は、和紙はわたしたちの健康や環境にも関わるものなんです。一般的な紙は酸性の薬品を使っていて、その製造工程にもヒトの体になじまないものが含まれています。その点、原料のカジの木をアルカリで煮る和紙は人体に無害。今、アレルギーやアトピーなどで苦しんでいる人が増えていますが、体のためには和紙でろ過した油の方がいいはずです。

また、化学物質を含む建築資材による健康被害も問題になっていますが、日本の木造建築があって襖、障子、畳がある、そんな佇まいが再び戻るような流れができれば、人にも自然にもやさしい。そこに蒲生和紙をぶち込んでいきたいなという気概が自分の中にだんだん生まれてきたように思います」

もの静かで朴訥な小倉さんだが、その胸には信念が燃えている。

「昔からその土地に暮らす人々が自然の中から原料を抽出して必要なものを作り、暮らしの中で使いながら繋いできたものこそが伝統工芸品だと思うんです。だから、大叔父の野村正二さんから受け継いだ蒲生和紙の伝統をこの地で守り、残していきたいんです」

小倉さんの分厚い手のひらの小指の下あたりには硬いタコが並んでいる。

「チャプン、チャプン、チャプン…」「サァーッ…」

工房を後にして振り返ると、小倉さんはもう、何事もなかったように漉き舟(すきふね)に向かっていた。

  • 蒲生和紙巧房 鹿児島県姶良市蒲生町上久徳1487 0995-52-1104