1. HOME
  2. Special
  3. ニッポンを知る旅・北陸能登〜輪島塗を作る人々〜
Special

ニッポンを知る旅・北陸能登〜輪島塗を作る人々〜

輪島塗の工房を訪ねて

輪島塗は道みちの職人の高度な技が幾重にも重なって生み出される工芸品だ。

「輪島六職」という言葉がある。

これは、椀木地、指物木地、曲物木地、塗師(ぬし)、蒔絵(まきえ)、沈金(ちんきん)、それぞれの技を極めた職人の手から手へ、次々と渡されて完成に至る輪島の分業制度のこと。すでに江戸時代後期には完成していたといわれ、さらに分業が進んだ現在では11職種を数えるのだとか。

かくして、輪島では、あちらの工房からこちらの工房へと移動しながら、徐々に漆器が仕上がっていく。さながら輪島の町全体がひとつの大きな工房であるかのように。

各工房は大小さまざま。看板を掲げて数人で仕事をするところもあれば、自宅の一室でひとりコツコツと作業しているところもあるという。

輪島塗会館の隅さんの案内で、市内に点在する工房を訪ねた。

一番難しいのは、材料選びや 曲物木地師:蔵田 満さん

足を踏み入れた途端、アテ(能登ヒバ)の清々しい香りに包まれた。ここは、丸盆や弁当箱などの丸い形をした輪島塗の土台を作る曲物師、蔵田 満さんの工房だ。

薄く加工した板を丸く成形した後、つなぎ目や木地の表面をカンナで削りながら整えていく。

職人歴44年の蔵田さんいわく

「一番難しいのは、材料選びや。木ぃが曲がるにはちゃんと理屈があるんやわ」

木の繊維がまっすぐ通った柾目を使うことはもちろん、台風や地震にあった木は一見、きれいに見えても小さな亀裂が入っていて、曲げるとポキッと折れてしまうのだそう。

工房の周りには大量の板が干してあった。

「生木を板に引いたら木ぃの中の油分を抜く。2年でも3年でも雨風にさらして日に当てながら、裏にしたり表にしたり、上下ひっくり返したり…手ぇかけないと乾かんよ。この乾燥が大事なんや」

乾燥が終われば、今度は、削ったり曲げたりと加工しやすくするために水に浸す。

「削って曲げるだけや」と蔵田さんは言うが、そこに至る下準備と工夫の積み重ねが仕上がりを左右する。加工に応じて使い分ける数十種類のカンナや「コロガシ」と呼ばれる曲げるための木型など独特の道具も多い。

せっかくの丁寧なお仕事が、漆で隠れてしまうのでは?

「輪島では、漆を塗る前提で曲物を作っとる。どうしたら漆を塗りやすいか考えながらな。それに、長持ちさせるためにはコーティングしとかにゃ。漆を塗っとくと4年でも5年でも長く使えるがいね」

自分自身、今も修行中や

そういう蔵田さんの傍らではお弟子さんが黙々と手を動かしている。

「師匠のとこのお弟子さんが一人前になって次のお弟子さんがついて、そのお弟子さんも一緒にみんなで作業して仕事を覚えていくのがいちばん。相乗効果も上がるし、工夫できるがぇ」

蔵田さんが大事にしていることは?

「そんなに気取らんことや。誰とでも気さくに喋って昔の仕事のやり方とかをいっぱいの人に聞いてきた。まだまだ人にいろいろ教えてもらわなならん。そういう謙虚さが大事なんや」

私らの仕事は、輪島塗があってこそ 沈金師:山崎達司さん

職人歴40年を超える、沈金の伝統工芸士、山崎達司さんは穏やかに語る。

上塗りの上に文様を彫り込み、そこに漆を薄く塗ってから金箔や金粉を押し込んで定着させる沈金の技法は、江戸時代享保年間に輪島の大工城五郎兵衛が考案。その子、城専助(号は雅水)が京都に絵画を学んで大成させたと伝わる。

幾重にも塗り重ねた輪島の厚い塗りが沈金の技法に適していたため、この地で大いに発展した。

「私らは極端にいうと、仕上がったものに傷をつけていくわけですから、失敗はできません。それに仕事をするのは1mmにも満たない上塗の層だけ。沈金ノミで削る手の感覚だけで彫っていくんです」

沈金は、一人前になるのに10年はかかると言われるほど技術の習得が難しい。弟子入りして2~3年は商品には触らせてもらえず、来る日も来る日も畳の目のように同じ文様を彫り続ける練習に明け暮れる。

山崎さんが父の跡を継いで沈金師を目指していた修行時代のことだ。

「4~5人のお弟子さんの後ろに親方(父)が座っているんですが、見ていないのに失敗がバレちゃうんです。なぜだと思います? 彫り込む音です。妙な音が入ると親方にはわかるんですよね」

道具は、職人自ら作る

「できるだけ一定の深さに彫るように努めますが、お椀のように曲線部分があると、それも難しい。表面張力によって塗りがどうしても浅くなっているところもあるんです。そこはさらに浅く彫る。塗りの技術も理解しておかないときれいに彫れません」

山崎さんは作業台の脇から何種類もの沈金ノミや砥石を出して見せてくれた。

道具は、職人自ら作る。彫るものや絵柄に応じて、鋼と鉄でできたノミの刃先を砥石で細かく研ぎ、手間隙かけて手に馴染むように仕上げていく。さらにその砥石につける溝もノミの刃の丸みや角度に合わせて自分で入れるそうだ。

「先日、工芸品の展示会を見に行ったら、その中に私が30年ほど前に彫った作品があって、ものすごくうれしかったですね」と声を弾ませる山崎さん。

「輪島塗は、お客様の手元に10年20年と長く残っていくものだなと改めて実感しました。それを常に頭に置いて仕事をしていきたいですね」

見えないところに仕事をする 塗師:余門晴彦さん

輪島塗は堅牢である。輪島塗伝統工芸士会会長を務める余門漆芸工房の余門晴彦さんは、その理由を教えてくれた。

「輪島塗は、見えないところにいろんな仕事がしてあるんです。まず『布着せ』といって、木地が薄く、壊れやすいところに布を貼って補強してやります。それから、地の粉(じのこ)と呼ばれる輪島の土を漆と混ぜたもので下地を塗ります。それも目が粗いものから細かいものへ、一辺地、二辺地、三辺地とそれぞれ数回塗っては乾かして砥石で磨きながら丈夫な肌を作ります。さらに、この上に何層にも漆を塗り重ねていくんです」

余門さんは言う。

「三辺地が済んだところで砥石で水研ぎをする『地研ぎ』が一番難しいと感じますね。表面を砥石で研いで滑らかにするんですが、そのお椀の最もいい形をどこまで追求するかという、加減が難しい。ガサガサした表面がツルツルに変わる、土台の最終工程です。ここをきちんと整えておかないと中塗も、上塗も、その後の加飾もきれいに仕上がらないんです。次の仕事をする職人さんに迷惑がかからないように、次の職人さん、その次の職人さんとスムーズに渡って品物が作れるようにする。職人仕事は、そんなもんかなと思います」

輪島塗は、使い手が育てるもの

「実はね、輪島塗は結構強いものなんです。沈金や蒔絵など加飾を施したものは丁寧に扱っていただきたいですが、模様の付いていない無地のものは、ごく普通に扱ってもらって大丈夫です。焼き物は割れてしまったらおしまいですが、輪島塗は直しがきく。たとえ真っ二つに割れてしまったとしても、漆でくっ付けて再生できるんです」

使い込まれた輪島塗の「合鹿椀(ごうろくわん)」を見せてくれた。

「これはお客さんが『このお椀が好きで好きで何十年も使っていたらこうなりました』って修理に持ち込まれたもの。私たち職人からしたら手ぇ合わせたくなるような“直しもん”です。見事な使い艶(つかいづや)でしょ。輪島塗は使ってこそ、なんです」

余門さんはお椀を撫でながら笑顔で言った。

「輪島塗は(正しく)使っていくと光を増すものです。お客様の手元で最後の仕上げ、漆本来の艶を深めてあげてください」

注)合鹿椀:石川県能都町(旧柳田村)の合鹿地方で作られてきた、高台が高く大ぶりなお椀。

※通常、職人さんのご自宅訪問はできないが、「輪島工房長屋」では、作業の見学や絵付け体験ができる。

  • 施設名:輪島工房長屋
  • 住所:石川県輪島市河井町4-66-1
  • 開館時間:9:00~17:00(体験受付は15:30まで)
  • 定休日:毎週水曜日
  • 入館料:無料
  • 問い合わせ:0768-23-0011
  • URL:http://ringisland.jp/nagaya/

ニッポンを知る旅・北陸能登〜能登を味わう〜の記事へ