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一度は行くべき美術館(2)十和田市現代美術館


「作品や作家には詳しくないけど、観るのは好き」という人も愉しんでほしい、

芸術の秋にピッタリの特集『一度は行くべき美術館』をご用意。

知ってるようで知らない、作家や作品、建物、展示方法…芸術への“興味の種”を探っていきます。


国内外で活躍するアーティスト・塩田千春氏

今回は、令和ミドルと同年代の1972年大阪府生まれ、現在ベルリンを拠点に活動されているアーティスト・塩田千春氏に注目。

青森県の「十和田市現代美術館」では十和田市のアートによるまちづくりプロジェクトArts Towadaが10周年を迎えたことを機に、初めて常設展示の入替えを実施。2021年4月から、塩田氏の新たな作品「水の記憶」を展示中。世界的に活躍し、多くの人を引き付ける作品の魅力とは…気になる展示作品やテーマ、制作の様子について同館にお話を伺った。

 塩田 千春《水の記憶》撮影:小山田邦哉 ©2021 JASPAR, Tokyo and SHIOTA Chiharu

一度観たら忘れられない、圧倒的なインパクト

観た瞬間に一気に心を掴まれる。そして、かなり余韻が残る…。

塩田氏の作品からは、それほど強力なエネルギーを受ける。立体空間に赤や黒、白などの糸を張り巡らせ描かれるインスタレーション作品が代表的で、活動を通して一番の大きなテーマは「生と死」だ。生きることの意味や、自分自身の存在とは何かという誰にでも共通する、普遍的で根源的な問いかけを続けている。テーマを知ると、自分が感じた“余韻”に合点がいく。また、“糸”を言葉で発するときに使う「つなぐ」「切る」「結ばれる」などは、人間関係を表す言葉にも使われる。そういったつながりや記憶など、目には見えないけれど必ず存在するものを表現しているというのも、悩み多き現代人としては特に考えさせられる点ではないだろうか。

 塩田 千春《水の記憶》撮影:小山田邦哉 ©2021 JASPAR, Tokyo and SHIOTA Chiharu

1996年からドイツへ。創作に影響を与えるものとは

12歳の頃にはアーティストになりたいと考えていたという塩田氏。原点は父が営む製造会社で朝から晩まで動く機械の音や製造過程に触れるうちに「物理的ではなく精神的な何かに満たされて生きたい」と、芸術に関心を持つようになったこと。

そして京都精華大学の洋画科を卒業し、1996年から渡独。パフォーマンスアーティストのマリーナ・アブラモヴィッチや、インスタレーションアーティストのレベッカ・ホルンに師事し、大きな影響を受けたそうだ。2001年横浜トリエンナーレ出展、その後も各地で数々の個展を開催しながら、2015年には第56回ヴェネチア・ビエンナーレに日本館代表として参加。2019年は東京都の森美術館で自身過去最大の個展を開催し、大きな反響を呼んだ。

大小あれども人には転換期や、人生観が変わるような“時”があると思う。進学、就職、結婚、離婚、女性であれば妊娠、出産など。塩田氏にとっては「死の気配を感じる“時”ではないかと思います」と、学芸員の見留さん。祖父母のお墓参りに行った時、自身ががんを患った時、父の死に面した時…。死が大きく迫った“時”に、より内側と向き合い、どういう作品を作ろうかと問いかけるのではないか、と想像する。

「生と死」は延長線上にあり、塩田氏の生きたいという気持ちの表れと創作への原動力はイコール。作品によって見せ方は変わっても、「生と死」という問いかけは変わらずに表現されているのだ。

 塩田 千春 Berlin, 2020, Photo by Sunhi Mang

十和田湖に着想を得て「水の記憶」を制作

コロナ禍で自身と向き合い、ベルリンの自宅で最近またドローイングを始めたという塩田氏。十和田市現代美術館での展示にあたり本来なら現地を視察し制作、となるところだが現状では簡単に来日は叶わず、遠隔で十和田のイメージをしていくことに。

十和田市は水が引かれてできた町。そこで十和田湖から流れる水が人々の生活につながっているという点に着想を得た。水の記憶と船と水、船と人、そんな船が持つ記憶を糸で表現。何層にも編まれた糸は一本一本を目で捉えられなくなっており、水やモヤのように掴めない、捉えられないものを表わしている。趣のある木製の船は十和田湖にあったものだそうで水中にいるようにも、水上にいるようにも見える。糸が編み込まれることで空間に調和し、まるでこの作品のために造られたのかと思うほどだ。船というモチーフは塩田氏の作品でよく用いられるが、どこか違う場所に連れて行ってくれるものであり、海を渡る際には死と隣り合わせのものでもある。

この船も塩田氏の問いに深くつながっており、「水の記憶」は同館だからこそ生まれた作品だ。

 塩田 千春《水の記憶》撮影:小山田邦哉 ©2021 JASPAR, Tokyo and SHIOTA Chiharu

制作の様子を伺ってみた

幅544.8×奥行き852.7×高さ465cmと展示室としては比較的コンパクトな空間は、鑑賞者と糸との距離が近いため、どういう工夫ができるかということや、見え方をすごく意識されていたそう。塩田氏を含め6人で朝から晩までかけ、制作期間は10日間。活動当初は1人で制作していたが、現在は若手のアーティストと展覧会や作品毎にチームを組んで行っている。

塩田氏の描くイメージを共有しながら全て手作業でその場で編み、事前に作ったものを持ち込むことも一切しない。見留さん曰く「和やかな雰囲気が印象的で、いいチームワークで制作されているんだなと思いました。互いのアドバイスを聞きながら、塩田さんの想いをみんなで形にしていく感じでした」。

また、塩田氏ご自身の印象は?「穏やかな方ですが、作品に対してはとてもストイック。ミリ単位で糸を調整するなど、その情熱はすごかったです。ご本人は『止め時が難しい。どこが完成かが分からない』と仰っていましたが、最終的には糸が一本一本として見えなくなる状態、霧とかモヤのように全体として見える瞬間のようです。制作後も『どこが終わりなんだろう』と悶々と考えて続けていらっしゃるそうです」とも。光の加減を見つつ、編み込みを足すなど微調整を繰り返し、完成へと至ったそうだ。

 塩田 千春《水の記憶》撮影:小山田邦哉 ©2021 JASPAR, Tokyo and SHIOTA Chiharu

1展示室に1作品。作品とじっくり向き合える空間

より魅力的で美しく、未来へ向けた新しいまちづくりの取組み「Arts Towada計画」の中核施設である同館。各展示室が独立して配置されているのが特徴で、ひとつの展示室にひとつの作品のみを展示。他の情報が一切ない状態で一作品と対峙できる。

「水の記憶」もしかり。展示室の白いカーテンを開けた瞬間に、沸き立つような赤い空間が目の前に。「カーテンの外では想像できない、作品に出合う一瞬を大事にしています。塩田さんの作品は先入観なしに観て感じたことを、まず自分なりに解釈してほしいです。純粋に作品と向き合える空間で、何かを感じ取ってもらえれば」と見留さん。

 美術館周辺俯瞰 撮影:太田拓実

2021年12月にはレアンドロ・エルリッヒの作品が展示予定。こちらをもって10周年の常設展プロジェクトは完了とのこと。館内や官庁街通りに並ぶ、多彩なアートはぜひ鑑賞したい。

「生と死」。誰でも感じる未来への不安や恐怖、不確かさ、そして人との縁や記憶。塩田氏の作品に共鳴して、感情がざわめく。やっぱりものすごいエネルギーを感じるのだ。

  • 施設名:十和田市現代美術館
  • 住所:青森県十和田市西二番町10-9
  • 開館時間:9:00~17:00(最終入館16:30)、カフェ&ショップ9:00~17:00(ラストオーダー16:30)
  • 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始 ※イベントや工事、メンテナンス等で臨時休館の場合あり
  • 入館料:大人1,200円 ※企画展転換期中は520円、高校生以下無料
  • 問い合わせ:0176-20-1127
  • URL:https://towadaartcenter.com/

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