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Interview

シフトする人#4 シンガーソングライター 石塚明由子さん

その歌を聴けば…

さながらα波が溢れる海に浮かんでいるかのよう。丹念に編まれた言葉の一つひとつが、やさしくも凛とした声と美しい旋律を伴っての胸の奥深くまで届き、ひたひたと満たされてゆく。

歌っているのは、シンガーソングライターの石塚明由子さん。ジャズ&ブラジル系ポップスユニット『vice versa(ヴァイスヴァーサ)』のボーカルとして13年間に渡って活躍後、2013年よりソロ活動をスタート。リリカルな歌詞と心地よいサウンドが織りなす独特のソングライティングを展開。ライブ活動とともに、「歌詞をつくる」というユニークなワークショップを各地で開催中だ。

2021年9月、ソロとしての2ndアルバム『道なり』をリリースした石塚さんに、決して平坦ではなかったこれまでの、そして、これからの“道なり”を聞く。

photo: Waki Hamatsu

そんなに歌が好きなら、やればいいじゃん

「幼い頃から歌うことが好きでした」

そう語るミュージシャンは多い。石塚さんもそのひとり。だが、現実はそう甘くはない。

その気持ちにずっと蓋をしたまま20代の7年間を設計デザイン会社で働くことを選ぶ。設計・プランニング…そんなクリエイターたちの中に身を置きつつ、世の中の仕組みやビジネスの考え方の基礎を学ぶことができた忙しい日々。それはそれで刺激的で充実していたと石塚さんは振り返る。

「そんなに歌が好きなら、やればいいじゃん」

ある日のこと、同僚の何気ないひとことで運命の歯車が回り出す。

「それまで心の奥底に閉じ込めてきた“歌うこと”に対して、初めて背中を押してもらえたから。それは重たい蓋がパッカンと開いた瞬間でした。『あ、やっていいんだ』って、ね」

そこからは早い、早い。会社へ辞表を出し、本気で歌のレッスンを受け、あっという間にアマチュアバンドのボーカルとして、歌う人生を歩み出していたのだから。

その同僚こそ何を隠そう、現在のダーリン(石塚さんは夫をこう呼ぶ)である。

photo: Waki Hamatsu

本気でやったからこそ今の私がある

「とうとう、やりたかったことができた!」と心弾ませる一方で、厳しい現実を突きつけられる。

「10代から音楽を学んできた人たちとの技術的な差に愕然。その現実を受け入れるのは、かなりツラいものではありましたが、逆に自分が歌を続けながら生きていくためにどうすればいいかをよく考えてみました。そして『誰かに何かをしてもらおうと期待するのはやめよう。これからは自分で自分の曲を作って、それを歌い続けていこう』と決心しました」

新たなフィールドへ踏み出した石塚さんは、どこまでも前向きに、さらに本気を出す。

これまでの音楽活動も続けながら、自身のバンドメンバーをネットで募集し始めたのだ。メンバー探しに3年もの歳月を費やし、ついにジャズ&ブラジル系ポップスユニット『vice versa(ヴァイスヴァーサ)』が誕生する。

「初ライブでは震えが止まりませんでした。めちゃくちゃ緊張して、興奮して。そして何より仲間の素晴らしさを強く感じました。音楽とは何かとか、リズムの取り方とか、音楽の基礎は『vice versa』で教わります」

石塚さんは、言い切る。

「私の人間としての成長は全て音楽を通して得たもの。本気になるってそういうことじゃないですか。本気でやったからこそ今の私があるんです」

大丈夫だよ、なんとかなるよ

『vice versa』としての活動を続けて10年ほど経った頃、石塚さんの身に家族の病気や介護の問題がのしかかってきた。家庭や社会の中で担うものが大きくなってくる時期が訪れたのだ。

心身ともにギリギリまで追い詰められながらも『vice versa』としての最後のアルバムを仕上げた後、石塚さんはユニットの活動休止という苦渋の決断をする。

「正直、崖っぷちに立たされました。当時の私はギターもまともに弾けなかったし、独りぼっちで、これからどうしようって」

そんなとき一本の電話がかかる。毎年、夏にライブを行ってきたカフェのオーナーからだった。

「今年の夏もまたやってね」という明るい声に、事情を話して断ろうとしたところ、

「大丈夫だよ、なんとかなるよ。じゃあ、待ってるからね~」と電話は切れた。

それから4か月、またまた本気でギターの猛特訓を行い、見事にライブをやり遂げたのだった。

photo: Tomoko Osada

「本当にありがたくて、その時もまた手が震えました。おかげでソロとしてのスタートダッシュができたんです」

さて、こうしてギターが弾けるようになった石塚さんは、さらに「歌詞をつくるワークショップ」という長年温めていた企画を先のカフェオーナーに話してみた。

すると「それ、おもしろいね。うちでやれば?」

またもや話はトントン拍子に進んで、ソロ活動と時を同じくしてワークショップもスタートすることに。

石塚さんの本気は、いつも次のステージへの扉を開く。

自分なりに、道なりに

「歌詞を書くことは、自分の心と向き合うこと。とにかく自分自身についてとことん考える時間を持つことによって自分を自分で癒すことができる、セルフケアになるんです。私自身、歌詞を書くことでどれだけ救われたことでしょう。歌詞には自ずと書いた人の人となりや生きてきた道筋が表れます。そして、そのどれもが本当に感動的なんです」

書き上げられたそれぞれのものがたりは石塚さんのギターと歌声によって、いっそう美しい音楽へと昇華する。

「音楽に助けられて言葉にできることもあるんですね」

「それぞれのものがたりのはずなのに、みんなでひとつの歌を創っているようでした」

参加者は晴れやかな表情で話す。

そこで生まれた音楽は人と人とを結び、全てをすっぽりと幸せな空気で包み込む。

「人生が変わる…とまでは言わないけれど、きっと何か素敵なギフトを手にすることができるはずですよ」と石塚さんは微笑む。

photo: Waki Hamatsu

心地よい歌を相手に届けるだけに留まらない。今、石塚さんは相手の感情を解き放ち、そこから生まれる言葉を取り込み、そこにメロディを添えて共につくりあげていくことにこの上ない悦びを感じるという。

人は道の上を歩く。道を踏み外すことなく、道なりに進んでいく。ただし、その道を選ぶのは自分自身。山あり谷あり時々、寄り道あり。

唄い人・石塚明由子さんはこれからも自分で選んだその道を“道なり”に歩み続ける。

石塚明由子さんの情報は、こちらから

シフトする人#5 磁器彫刻作家 福重英一郎さんの記事へ