1. HOME
  2. Column
  3. 民俗学は無限大! 第1章 大分県別府市「鉄輪むし湯」
Column

民俗学は無限大! 第1章 大分県別府市「鉄輪むし湯」

唯一無二!「鉄輪むし湯」で真人間になる!?

民俗学とはまたニッチな…と思われた方もいるかもしれない。何を隠そう、筆者もほんの1年ほど前まで民俗学に1ミリの興味もなかった。というより、全くの無知であった。そんな筆者がハマったきっかけは、本好きの知り合いが激推ししてきた宮本常一の『忘れられた日本人』である。ご存知の方も多いと思うが、宮本常一は日本中を歩いて、見て、聞いて、膨大な記録を残した昭和の偉大なる民俗学者だ。その『忘れられた日本人』だが、知識ゼロの状態で読んでもかなりおもしろかった。昭和まで当たり前だったという“夜這い”など、歴史の本では語られない、ありのままの庶民の暮らしが描かれているのだ。文章のうまさもあってとにかくスルスル読めた。以来、宮本常一の本を読み漁った。そしてふと思った、民俗学を知れば旅がもっと楽しくしなるじゃない!?  その土地に生まれ、その土地に根付くあらゆる文化が民俗学の範疇なはずである。旅の醍醐味の一つはその土地らしさを体感すること——。ということは、旅と民俗学は相性がいい。しかも、祭りや風習といった定番から、郷土料理や発酵文化、湯治といったものまで、その領域はかなり広い、いや、無限大といっても過言ではない。

鎌倉時代から伝わる温泉蒸気浴

ということで始まった「民俗学は無限大!」。シリーズの第1弾は温泉である。無論、単なる温泉ではない。その土地に根付くスペシャルな温泉だ。源泉数、温泉湧出量ともに日本一を誇る温泉大国、大分県別府にある鉄輪温泉の「鉄輪むし湯」である。「むし湯」とある通り、いわゆる“浸かる”温泉ではなく、温泉蒸気を利用した蒸気浴だ。今、流行りのサウナの和風版と言えばよいか。

先に結論を述べておこう。何がスペシャルなのかというと、石菖(せきしょう)と呼ばれる薬草を床に敷き詰めるところにある。石菖は清流沿いにしか生息しない多年草で、根茎は漢方薬として使用される。むし湯に使うのは、ショウブに似た形をした葉の部分。県内の川で採取した石菖の葉を乾燥させ、温泉蒸気が充満する小さな石室の床一面に敷き詰めて楽しむスタイルだ。その歴史は古く、なんと鎌倉時代、一遍上人によって創設されたといわれる。石菖を使った蒸し風呂は、かつては杵築市や豊後大野市など、大分県内に存在していたものの、現在ではここ鉄輪以外、他にはない。筆者調べではあるが、全国的にみても唯一無二である。

これぞ、究極の“ととのい”体験

「鉄輪むし湯」のスゴさはなにもこの希少性だけではない。特筆すべきは、湯上りならぬ、蒸し上がりの半端ない爽快感である。身体が軽くなるうえ、ドロドロとした心のアクが汗とともに流れ落ち、善人になったかのような晴れ晴れとした気分になれるのだ。サウナ用語でいうところの究極の“ととのい”だ。

それもこれも石菖×温泉蒸気のWパワーがうみだす尋常ではない発汗力によるもの。筆者は普段から汗っかきな方ではあるが、2~3分ほどで全身の毛穴が全開になり、汗がドドッとふきだすのだ。10分後のむし湯上がりには体重が1~2kgは落ちている気がする(あくまでも気がするだけだ)。

あれこれデトックスしたところで楽しむシメの“浸かる”温泉がまたいい。鉄輪温泉特有のメタケイ酸含有量の多いナトリウム-塩化物泉なのだが、湯の保湿成分が肌にグングン吸収されていく感覚がある。湯上りはしっとりウルウルである。

むし湯はスッピンで堪能すべし

さて、ここで「鉄輪むし湯」の入り方を伝授しよう。用意するものはタオル、むし湯で着用するTシャツ&短パンだが、レンタル浴衣もあるのでなくても問題ない。券売機で入浴券(必要あればタオルやレンタル浴衣チケットも)を購入したら受付スタッフに渡す。男女別浴場へ向かい、内湯で体を軽く流し洗いを。また、ここで化粧も落としておくことをおすすめする。むし湯では汗を大量にかくので悲惨なことになるし、なによりスッピンの方がむし湯パワーを最大限に享受できる。さて、Tシャツ&短パンもしくはレンタル浴衣に着替えたら、タオルをもってむし湯入口へ。スタッフからタイマーを受け取り、10分に設定したら準備完了。いざ、むし湯体験スタート!である。

小さなトビラを開けるとムンと熱気とともに、石菖が放つ爽やかな香りに包まれる。むし湯は石造りで、6人程度で満員の広さ。石の枕が空いているところならどこを使ってもOK。石菖が敷き詰められた床の上にタオルを敷いたらゴロンと寝転び、タイマーをスタートさせればあとはなすがまま。

むし湯内は75℃ほど。湿度はあるので息苦しさはさほどないが、なにせ熱い。「石菖っていい匂い~」「薄暗いから落ち着くわ~」など、気を紛らかせながら、ひたすら熱さに耐える。しばらくするとおもしろいほど汗が全身からふきだしてくる。8分~、最大でも10分したら、退室。体についた石菖を落とし、内湯へ。体を洗い、湯船へざぶん。保湿成分をたっぷりと含んだ美肌の湯を存分に堪能すべし。

服に着替え、温泉館を後にするときに気づくはずである。踊りだしたくなっちゃうほど身も心も軽く、シアワセ気分であることを——。

鉄輪むし湯

https://www.city.beppu.oita.jp/sisetu/shieionsen/detail11.html

民俗学は無限大! 第2章 佐賀県武雄市「御船山楽園ホテル らかんの湯」の記事へ