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ニッポンを知る旅・北陸能登〜能登を味わう〜

輪島塗づくしの宿へ

輪島塗を訪ねる旅の締めくくりに向かったのは「お宿たなか」。輪島塗の器で提供する能登の郷土料理が評判で、多くのリピーターが通う宿だ。

夕暮れどき、土蔵を思わせる黄色い土色の壁をほんのり照らす行灯に導かれて、格子戸をガラガラと開けると…時間の流れが変わった。

「ここではぜひ能登時間を過ごしていただきたい。能登では時間がゆっくりと過ぎていくんです」

宿の主人、田中孝一さんの笑顔に心解かれる。

漆塗りの艶やかな柱や、磨きこまれて底光りのする床の美しいこと。アテ(能登ヒバ)の材に漆を幾重にもかけて拭き上げた“拭き漆”仕上げの廊下をひたひたと裸足で歩いてみれば、なんとも温かみがあって心地よい。

防水性、防腐性に優れ、長期に渡って木材を守る漆は、輪島を含む能登地方では昔から建物の内装に用いられてきたのだとか。

同宿では、器に始まり、ベッドフレームから風呂桶に至るまで漆が施されている。

「輪島塗は使ってこそ」と言われる、その真価を存分に体感できそうだ。

能登は二度おいしい

さて、お楽しみの夕げの時間がやってきた。

漆黒のテーブルの鮮やかな朱のお膳に目を奪われていると、田中さんがさらりと説明してくれる。

「家具膳といいます。これは、うちのお袋が嫁入り道具として持ってきたもので、80年ほど前のもの。昔は、どこの家庭でも冠婚葬祭用に御膳と器のセットを備えていたそうです。能登では、漆は文化というより、むしろ暮らしの一部のようなものでした。

それに、漆器は機能的にも優れているんです。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。漆のお椀は100℃の熱湯を注いでも手で持つことができるんですよ」

刺身は、ガンドぶり(出世魚・ぶりの一つ手前のサイズ)、かます、のどぐろ、甘海老。漆黒の器が魚の鮮度を際立たせる。

軽く炙った、のどぐろの上品な脂が口の中でほろり。甘海老の濃厚な味噌がとぅるんと溶ろける身と絶妙に絡む。

あまりのレベルの高さに唸っていると、その秘密を明かしてくれた。

田中さんはその日一番の海の幸を求めて、自ら漁港へ足を運び、競りにも参加するというのだ。

「寒流と暖流が交わる能登の海は食の宝庫、天然の冷蔵庫なんです。『能登は二度おいしい』と言われます。能登半島の東岸は穏やかな富山湾に面する内浦、西岸は日本海の荒波が押し寄せる外浦。内浦と外浦では獲れる魚も食文化も全く違いますから」

世界が注目、能登の発酵文化

「例えば、これは日本三大魚醤のひとつ、能登の『いしる』です。外浦ではイワシが原料なのですが、内浦ではイカが原料になって呼び名も変わり『いしり』と言います。能登では『いしる×いしり戦争』っていうのがあるんですよ」

田中さんが小皿の醤油を指しながら教えてくれた。

旨みたっぷりの「いしる」は、魚由来の調味料だけあって実に魚と合う。いしるの貝焼きもいい塩梅だった。

このほか、能登の郷土料理には味噌和えやぬか漬けなど発酵食が多く登場する。北陸の高温多湿な夏に食品を腐敗から守り、長い冬を越すための保存の必要性から先人たちは知恵を絞った。加えて、発酵に欠かせない塩や米が手に入りやすかったこともあり、能登には多彩な発酵食が生み出されたのだろう。

いまや発酵食は世界のトレンド。中でも「ひね寿司(注1)」や「フグの卵巣の糠漬け(注2)」に代表されるユニークな発酵文化を持つ能登は注目の的である。

(注1)ひね寿司:能登の夏祭りのために作られる寿司の原型とも言われる“なれ寿司”の一種。塩漬けにした鯵、ご飯、山椒、唐辛子を重ねて3~4か月漬け込む。ガツンと個性的な発酵食品である。(注2)フグの卵巣の糠漬け:猛毒のあるフグの卵巣を糠と「いしる」に漬け込み、3年以上かけて毒を抜いたもの。

カワハギの糠漬けやアンコウの酢味噌がけなどの発酵食をつまみながら、これまた発酵技術の粋を集めた日本酒をいただく。日本四大杜氏に数えられる能登杜氏が醸す酒は芳醇で香り華やかだ。

漆の盃に満たされた酒がゆらゆらと煌めく。手に馴染み、唇に優しい酒器で飲めば、殊更に味わいが増す。

膳に並ぶのは、過美ではないが、滋味豊かで文化を感じる一皿ひとさら。

田中さんが家族で耕す畑で採れた野菜、山に自生している菊芋や天然のキノコ…。いずれも、はんなり上品な味つけが好ましい。

三方を山に囲まれ、一方を海に開いた能登は山海の幸に恵まれている。この豊かな自然と人が共存する暮らしは「能登の里山里海」として、2011年に日本で初めて世界農業遺産に認定されている。

能登牛のステーキ
朝食
ふぐの一夜干し

能登はやさしや、土までも

能登・輪島の話を始めると、もう止まらない。田中さんは、さながら能登の親善大使だ。

「ご存知ですか?輪島は、かつて素麺の一大産地だったんです。全国を行商して歩く塗師屋(注3)さんがお土産に輪島素麺を持っていったことで、その製法が各地に伝えられました。富山の大門素麺や秋田の稲庭素麺は有名ですよね」

興味深い話が次々と飛び出す。

一方、女将の佐智子さんは、実家が農家なだけに、畑や山に詳しい。キノコや山菜を採りに山へ入るのはもっぱら佐智子さんの役目だ。

「能登の土はそんなに肥えてはいないんです。それで木の実も小ぶりですが、味はとってもいい。はざ干し(注4)のお米もおいしいんですよ。潮風とか寒暖の差とか、ストレスがかかる環境で旨みがぎゅうっと詰まるんでしょうかねぇ」

ふうわりとした口調が耳に心地よい。

おふたりの話もまた、ごちそうだ。

「能登はやさしや、土までも」という言葉がある。

能登はその全てがやさしいから。土までも、そして人までも。

(注3)塗師屋:かつて輪島の塗師たちは北前船を利用して自ら作った漆器を売りさばくため全国を回って注文をとった。全国を旅することで文化や情報に通じ、教養を持ち合わせていた塗師屋は、勝手口ではなく正面玄関から座敷に通されたという。(注4)はざ干し:刈り取った稲を束にしてはざ(木の棚)にかけ、日光や風に当てて稲に含まれた水分をゆっくり抜く、能登の伝統農法。

施設名:お宿たなか

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