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民俗学は無限大!第5章 福岡県 「茶懐石で知る、心の文化」

未知なる茶懐石を楽しむべく

民俗学は無限大、今回のテーマは「茶懐石」である。

その土地に息づく文化や風習にまつわる民俗学と高尚なイメージのある茶懐石とでは、少し違和感を覚えるかもしれないが、いや、そんなことはない。茶懐石は修行中の禅僧が空腹と寒さをしのぐために温めた石を懐に入れていたことが起源とされ、茶道の創設者である千利休によって大成されたもの。あれこれ作法があり難しそうに思えるのだが、茶道の精神であり、日本人の原点ともいえる“おもてなし”が創り上げる魅惑の世界なのだ。

“おいしい”だけにとどまらない、麗しの日本伝統文化が体感できる。“日本を感じられる”という点から茶懐石もまた民俗学の一環といえよう。

と、なんだか偉そうに語ったが、筆者はつい最近まで茶懐石を経験したことがなかった。それどころか茶懐石とはなんぞや?と問われても明確に答えることもできない、完全なる未知の世界だった。

今回訪れた福岡の「茶懐石 中伴」で茶懐石デビューを果たし、店主に教えていただいたこと、筆者が感じたことをお伝えしていきたいと思う。

茶懐石(懐石)と会席の違い

そもそも茶懐石とはなんぞや?の答えは、茶の湯の前に振る舞われる軽い食事のことだ。

単に「懐石」とも呼ばれるが、「カイセキ」と同じ発音をする「会席」はまた別物。会席は、懐石などから発展したもので、お酒を楽しむことに主眼が置かれている。茶懐石の目的はもちろん、お茶をおいしく飲むこと。料理は空腹で刺激の強いお茶を飲むのを避けるためのものであるため、一汁三菜を基本に量は少なめ、味付けは薄めだ。会席ではシメのご飯と汁物が、茶懐石では最初に供されるのが大きな特徴。

アルデンテなご飯に隠れた心配り

ポコポコと心地よいリズムを刻む茶釜から汲んだ白湯をいただいてから茶懐石がスタートする。

まずは、折敷と呼ばれる足のない膳にのせたご飯、汁物、向付(刺身やなます)が運ばれてくる。飯碗の蓋を開けると、ほんの2~3口程度がうやうやしく盛られている。

さっそくひと口——あれ?なんだかアルデンテ?

実はこれぞ、“おもてなし”の表れ。主人はゲストが到着する時間に合わせてご飯を炊く。炊き上がったばかりだからこそ、ほんのり芯が残っているというのだ。ゆえにお代わりを促されていただいた2膳目は蒸されてふっくら、3膳目はさらに蒸らしが進んで艶と甘みが増している。最後にはおこげと、味わいが変わっていく。

いやはや、茶懐石、ご飯ひとつとっても実に奥深い。

手間ひまと季節を盛り込んだ料理

今や日本では当たり前の「温かいものは温かいうちに、冷たいものはより涼やかに」も茶懐石の“おもてなし”から生まれたもの。

折敷にのった飯、汁、向付の次に、椀盛、焼き物、箸洗い(小吸い物)、八寸などが、絶妙の“間”で運ばれてくる。自家製豆腐に味噌をのせて炭火で焼いたり、料理に添える本枯れ節をシュッと削ったり、カウンター越しに店主が巧みに仕上げていく。視覚のみならず、聴覚、嗅覚も刺激され、ワクワク感が楽しめのもいい。

どの料理もシンプルなのだが、手間ひまがしっかりと感じられ、素材の味わいがしみじみとおいしい。今回特に感動したのは、菜の花とカブの炊合せ。ダシの旨みを宿したカブが驚くほど甘く、とろける食感で、人生ナンバー1のカブ料理であった。

そこかしこに散りばめられた季節感を楽しめるのも茶懐石の醍醐味。素材や味付けはもちろん、器やお茶とともに供されるお菓子、つづまやかな空間で目を引く花や禅語が書かれた掛け軸にも季節を盛り込んでいる。言葉を介さずとも季節を感じられるなぞ、なんと美しく日本らしいことか。

茶事に息づく美しい日本伝統文化

「茶事には日本伝統文化のほぼすべてが詰まっている」といわれるが、なるほど納得である。陶器に磁器、漆器、菓子、花、掛け軸、庭、建築など、伝統をフルに用いた、なんとも贅沢な食文化だ。

その原点は、ゲストに心地よく楽しんで欲しいと思う、“おもてなし”精神である。そして、この“おもてなし”こそが、茶事に息づく最たる日本伝統文化といえる。

ちなみに、似たような意味で使われる“ホスピタリティ”とは意味合いがまた少し違う。見返りを求めない思いやりという点では同じなのだが、“おもてなし”には日本特有のさり気なさ、奥ゆかしさがある。茶事でいうところの、季節の花や掛け軸といった設えがそれにあたる。ゲストのためにおしつけがましくなく、さらりとその準備を行う、その心構えだ。

主人が点てるお茶にいたるまで約2時間、日本伝統文化を存分に楽しめる茶懐石。帰路につく時、思わず口にでる「日本っていいなー」。

作法を知って茶懐石をより楽しく

今回筆者が訪れた「中伴」では「作法を気にせずとも楽しんだらいいよ」とおっしゃっていただいたが、店主のおもてなしに失礼がないよう最低限の作法は知っておくべきだと少々反省。ということで、次回のためにいくつか以下に書き留めたい。ただし流派によって、飲食店なのか茶室へのお招きなのかによっても違いがあるようなのでご参考までに。

  1. 最初に提供される一汁三菜。飯碗の蓋を返し、その上に汁椀の蓋かぶせる(汁椀の蓋は返さない)。置く場所は右
  2. まずはご飯、汁の順番で味わう。向付は最後に
  3. 箸置きはなく、お箸は折敷の左のふちに先端を少し出し置く
  4. ご飯のお代わりがほしい場合は食べきらず、ひと口分残しておく
  5. 抹茶腕は飲み切るまで置かない

茶懐石 中半 https://fb01000.gorp.jp/

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