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民俗学は無限大! 第9章 奈良県 奥深き「葛」の世界

日本最古の歌集『万葉集』にうたわれる葛

ま葛延ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が命 常ならめやも

——夏の野に葛が這い繁っているように、こんなにも恋していては、私は本当にどうかなっちゃうわ

我が宿の 葛葉日に異に 色づきぬ 来まさぬ君は 何心ぞも

——我が家の庭の葛の葉が日ごと色づいてきました。それなのにあなたはいらっしゃらない。一体どういうお気持ちなのかしら?

奈良時代に編纂された『万葉集』に収められている和歌である。この2つ歌に共通するもの、なんだかおわかりだろうか?

そう、「葛」である。葛もち、葛きりといった和菓子の原料であり、秋の七草のひとつに数えられる「葛」だ。万葉集には葛にちなんだ歌が21首あるという。いずれもその旺盛な繁殖力やつるがどこまでも伸びている様子を詠んでいるのだが、古くから葛は身近な存在であったことがうかがえる。

「へー、奈良時代は豊富だったんだ」と思った人も多いであろう。いや、現代でも葛はそこらじゅうにある。河川敷や郊外の歩道、高速道路の路肩、街中の公園にも。

大きな3枚の葉をもち、太い茎が他の植物に絡みついている様をみかけたことがないだろうか。

夏から秋にかけて咲く紫赤色をした穂状の花があればわかりやすいだろう。

他の植物を枯らし、茎が地面につくとそこから根をはりグングンと繁殖していくため、実は厄介な雑草とされている。

はて?ここで疑問がわく。葛は高級品ではないのか?

ということで今回の「民俗学は無限大」のテーマは、知っていそうで知らない「葛」である。吉野葛で名を馳せる奈良県吉野町で学んだ、魅惑の葛の世界をご紹介したい。

和菓子や漢方で使われる葛粉の原料は葛の根っこ

まずは基本を抑えておこう。葛はマメ科クズ属のつる性の多年草である。和菓子などで使われる葛粉は根の部分。根を砕き、絞り出した澱粉を何度も水に晒して乾燥させたものだ。長い時間をかけて精製されたそれは真っ白で、良質な澱粉の塊である。

読んで字の如く、「葛根湯」も葛の根を主成分とする漢方薬であることからもわかる通り、発熱や解毒作用をはじめ、血行促進、胃腸の調整、肩こりや筋肉のコリの緩和など、さまざまな薬効をもつ。ある研究者によると、中国では紀元前1世紀ごろの薬物書に葛が紹介されているという。

日本では平安時代の書物に「黒葛」として記され、江戸時代初期の料理専門書『料理物語』に葛粉を使った料理が紹介されている。

さらに江戸中期の『古今名物御前菓子秘伝妙』には「葛餅、羊羹は吉野葛を使え」と書かれている。ちなみに「葛」の名前は、かつて葛粉の名産地であった奈良県吉野町の国栖(くず)という地域に由来しているそうだ。

古事がらみでもうひとつ。須佐之男命の老爆狼藉ぶりに天照大御神が怒り、天の石屋に籠ったという『古事記』の天石屋戸神話。神々の作戦により無事に石屋から出てきた天照大御神が再び戻らないよう石屋に張ったというしめ縄が葛のつるで作られたものだと言われている。厄介モノ扱いされている葛が密かに日本神話に登場しているとはいやはやオモシロイ。

厄介もの扱いされる葛が高級品である理由

だいぶ話がそれてしまったが、先述の「葛は全国に自生しているうえ、雑草扱いなのになぜ高級品なのか?」である。

答えは、収穫するのが大変だから、だ。

葛の根と聞いてゴボウのようなものを想像するかもしれないが、収穫するのは20年くらい経ったもので、一見すると“木”である。大物になると、成人の太もも、いや、胴回りサイズで、長さは2mを超えるという。しかも収穫シーズンは極寒。素材はそこらじゅうあるものの、収穫する掘子がいないため、生産量が少なく、高価になるというわけだ。

そんな葛だが、吉野地方で作られる吉野葛となるとさらなる高級品と化す。吉野地方の寒冷な気候と清らかな水が良質の葛粉を生みだすためで、最大のポイントは「吉野晒し」という伝統製法にある。

「吉野晒し」とは、極寒の時期に砕いた葛の根の澱粉を紀伊山地からの地下水に晒す作業のこと。濁った上ずみを捨てては新たな水を加えるを繰り返すうちに純白の澱粉が沈澱し、これをゆっくり乾燥させると葛粉が完成する。葛の根1kgからわずか100gしかできないというから値段が高いのも頷ける。

本場で味わう賞味期限10分の葛もち・葛きり

吉野に行くと、「吉野葛」と「吉野本葛」の2通りの表記があることに気づく。「吉野葛」は葛粉にサツマイモやジャガイモからとった澱粉を混ぜたもの、一方の「吉野本葛」は不純物なし、葛粉のみである。

もちろん、吉野本葛の方が高価だが、葛本来の風味や食感を体感することができるのでおすすめだ。しかも本場吉野では吉野本葛を使った、できたての葛もちと葛きりを楽しむことができる。

砂糖など一切加えない純度100%ゆえ、賞味期限はなんと10分!

そこは、吉野のシンボルともいえる「金峯山寺」の門前町にある「中井春風堂」。葛の伝道師こと、店主・中井さんが葛にまつわる知識や魅力を伝えながら、目の前で葛もちと葛きりの実演をしてくれる。

さっそく中井さんが問うてきた。「葛もちと葛きりの違い、わかります?」。

はて?製法か?甘さか?「水分量の違いです」と中井さん。

材料はいずれも吉野本葛と水のみだが、もっちり食感の葛もちの方が水分多め、葛きりは水分少なめでむっちり食感となるのだそうだ。

そんな葛クイズなどを交えながら実演が進んでいく。調理時間はわずか1分ほど。

温めることで透明感を帯び、カタチ作られる様はマジックを見ているようである。

そしてアッという間に完成した、キラキラと輝く葛もちと葛きり。

カフェスペースに移動してさっそく味わってみる。黒蜜やきな粉も用意されているがまずはそのまま。おー、なんとみずみずしく、なめらかな食感か。砂糖は入っていないのに上品な甘みが感じられる。水分量が少ない葛きりでは、薬効成分をもつゆえの苦味もほんのり。

なお、賞味期限10分なのは、葛の性質上、温度が下がると葛粉と水の元の状態に戻ってしまうため。本場でしか楽しめない本物の味わいをぜひお試しあれ。

○中井春風堂

http://nakasyun.com/

○吉野山観光協会

http://www.yoshinoyama-sakura.jp/